第3回繰り返される「土人」発言 沖縄ブームで隠れていた「根っこ」が出た

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比嘉太一

 「やっぱ沖縄人は土人なんですね」

 1月、沖縄県沖縄市で路上をバイクで走っていた男子高校生が警察官と接触した後、右眼球が破裂する大けがを負った。

 SNSで「高校生が警察に警棒で殴られた」といった情報が拡散。それを見た200人以上の若者が同市の沖縄署を取り囲み、石や空き缶、爆竹などを投げつける騒動が起きた。

「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と結ばれる水平社宣言から100年。日本初の人権宣言と言われ、社会のあらゆる人権問題の克服に向けた原点となってきました。誰にも潜みうる差別の心を溶かす「熱」と、すべての人を等しく照らす「光」を手にできるのか。人間の尊厳を重んじる宣言の精神を改めて見つめます。

 若者たちの行為に対しては批判があり、警察も器物損壊容疑で捜査する一方、SNS上では沖縄の人々をさげすむ「土人」という言葉が飛び交い始めた。

 なかには「大阪府警の土人発言は正しかった」という投稿もある。

「朝鮮人、琉球人お断り」食堂にビラ

 「土人発言」は2016年10月、沖縄県東村高江地区の米軍ヘリパッド建設現場で、大阪府警の機動隊員の一人がフェンス越しに、建設に反対する市民たちに「どこつかんどるんじゃボケ、土人が」と暴言を吐いた問題だ。

 市民の輪にいた沖縄在住の芥川賞作家、目取真(めどるま)俊さん(61)は問題の直後、「『土人』という言葉には古くからの沖縄差別の歴史があり、インターネットを通して若い人たちに広がっている風潮がある」と懸念を示した。そして「侮辱発言は面と向かいあった人間関係の中で出てきただけに生々しく、差別をよりリアルに感じた」と話していた。

 翁長雄志沖縄県知事(当時)もすぐさま、「言語道断で到底許されない。地域住民を侮辱する意味を含む大変衝撃的な言葉だ」と抗議した。その一方で、鶴保庸介・沖縄北方相(同)は参院内閣委員会で「差別であるとは個人的に断定できない」と答弁。さらに「人権問題であるかどうかの問題について、第三者が一方的に決めつけるのは非常に危険なこと。言論の自由はもちろんどなたにでもある」「その言葉が出てきた歴史的経緯には、様々な考え方がある。現在、差別用語とされるようなものでも、過去には流布していたものも歴史的にはたくさんある」と述べた。

 大阪府の松井一郎知事(同)は自身のツイッターに「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と書き込んだ。その後、記者団に対して、「言ったことには反省すべきだと思う」とした上で「鬼畜生(おにちくしょう)のようにたたかれるのはちょっと違うんじゃないか。相手もむちゃくちゃ言っている」と主張した。

 繰り返される「土人発言」に、目取真さんは「怒りを通り越して、あきれました」と話す。そして、自身の祖父母についてこんな話を思い出したという。

 1920年代。第1次世界大戦後の不況で、沖縄では主要産業だったサトウキビの価格が暴落して不況に陥り、多くの人が職を求めて大阪や横浜、川崎などに渡った。祖父の島袋喜三郎さんは沖縄県今帰仁(なきじん)村から京阪神に出稼ぎに出てきた。

 兵庫県尼崎市や大阪市西成区の紡績工場で働いた。

 工場の機械は、綿ぼこりが詰まってたびたび停止した。その度に、沖縄出身者だけがそれを取り除く重労働をさせられたという。

 祖母からは、食堂に「朝鮮人、琉球人お断り」と書かれたビラが貼られていたと聞いたことがあるという。

 大阪市大正区で沖縄関係の資料収集などを続ける「関西沖縄文庫」の主宰者、金城(きんじょう)馨さん(68)によると、同じような話は他にもあったという。

 「沖縄人は雇いません」

 「沖縄人にアパートを貸しません」
 沖縄2世の金城さんは、1世たちから、就職や住居に関する差別を繰り返し聞いた。1970年代ごろまで続いたとされている。

 「沖縄出身だからという理由で、生きるための色々な権利を奪われていた事実があったんです」と憤る。

 さらには、戦前からこの時代にかけて、沖縄差別から逃れるために、沖縄特有の名字の読みや使う漢字を「大和風」に改める動きも広まったという。

 沖縄はかつて琉球王国と呼ばれていたが、1879年、明治政府の武力による「琉球処分(琉球併合)」で沖縄県になった。太平洋戦争中には本土決戦に備える時間稼ぎのための「捨て石」作戦により、当時の人口の4人に1人が犠牲になった沖縄戦があった。その後、米国統治下で広大な米軍基地が築かれ、復帰後も国内にある米軍専用施設の約7割が沖縄に集中している。

差別受けてきた歴史、知らないのでは  沖縄への露骨な差別は、時代とともに影を潜めたかのように見えていた。特に1990年代以降、沖縄出身のアーティストの活躍やNHKの連続テレビ小説「ちゅらさん」のヒット、豊富なリゾート施設などで沖縄ブームが訪れると、人々が憧れる場所になった。

 しかし目取真さんは、土人発言によって「隠れていた『根っこ』が地面に露出したのだと思う」と話す。

 沖縄への差別的な発言やSNSの投稿などを監視・調査している市民グループ「沖縄カウンターズ」によると、2016年の「土人発言」以降、ネットでは米軍基地に反対する人たちを「土人」と呼ぶようになり、さらに最近では、沖縄県民全体に対してのさげすみの言葉として使われるようになってきたという。

 社会のあらゆる人権問題の克服に向けた原点となっていた「水平社宣言」から100年。しかし、顔の見えないネットやSNS上では、差別や偏見が形を変えて再生産されている。

 女性メンバーの一人は言う。「差別は相手をよく知らないから出てくるもの。『土人』という言葉が飛び交っているのは、沖縄が差別を受けてきたという歴史を知らないからではないか。米軍基地問題をはじめ、日本政府のスタンスに反発する沖縄へのいらだちもあるからではないか」。そして女性はこう強調した。「ウチナーンチュ(沖縄の人)が歩んできた歴史をもっと多くのヤマトンチュ(本土の人たち)に知ってほしい」(比嘉太一)

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